「前衛」2026年8月号 寄稿「相互監視と差別まねく『外国人の不法就労通報報奨金制度・条例』」

暮らしの焦点 相互監視と差別まねく「外国人の不法就労通報報奨金制度・条例」(茨城)
──人権保障を確立してこそ

江尻加那(党茨城県議会議員)

「不法就労通報報奨金制度」「外国人の不法就労活動の防止に関する条例」──これはいずれも、茨城県が2026年度に新たに条例化、予算化したものです。

まず、「不法就労」という言葉について述べなければなりません。日本では在留資格のない外国人をさして「不法滞在」「不法残留」という表現が使われます。

一方、海外では1975年の国連総会決議(「すべての移住労働者の人権を確保するための方策」)に基づき、「非正規」「無登録」といった表現が一般的です。

茨城県は「国の出入国管理及び難民認定法(入管法)に不法就労と規定されおり、県が使用して問題ない」としています。

これについて、様々な外国人支援を行っている認定NPO法人の茨城NPOセンターコモンズは、2月に出した県への意見書で、「当団体は、国際基準に基づき『不法就労』という表現は使用しない」としたうえで、「正規の就労ができない外国人が生じる職場の課題の明確化、真に効果的な改善策、安心して相談できる窓口設置」を県に求め、通報報奨金制度に危惧と反対を表明しました。

外国人差別助長への懸念

県が通報制度導入を初めて明らかにしたのは、2月の大井川和彦知事の記者会見でした。2026年度予算案の説明の中で、「外国人材適正雇用促進事業」として、通報報奨金制度や情報提供員の創設及び情報提供システム整備の予算に言及。

その翌日、東京新聞が「都道府県で初 不法就労通報に報奨金」「外国人差別助長に懸念」と報道し、衝撃が広がりました。記事では、国士舘大の鈴木江理子教授(移民政策)が「自治体が市民を動員して摘発に協力することは大きな問題」「小遣い稼ぎ感覚で通報する人もでてくるのでは」と危惧する声を紹介。

また、外国人人権法連絡会事務局長の師岡康子弁護士が「外見では誰が在留資格があるか分からず、外国人全体への差別をあおる」「一般の人々を密告者に仕立て上げ、しかも報奨金付きで、人の心をむしばみ社会を劣化させる施策」と撤回を求める声を報じました。

私のところにも、医療労働組合関係者から「通報制度が実施されれば、病院に来る外国人患者を不法就労しているかもしれないという目で見るようにならないか」と電話がありました。

農業関係者からは「不法就労はよくないが、外国人の働き手がいなければ茨城の農業は成り立たない」と懸念があがりました。そして、児童生徒に日本語を教えている支援者からは「親が不法就労かどうか、子どもや学校にまで監視の目が広がるのではないか」と心配する声も寄せられました。

県は、通報制度実施にあたり、インターネットを利用した情報提供システムを開設し、寄せられた情報をもとに県職員が調査を行い、不法就労が確認された場合に県警に連絡。事業者等の不法就労助長罪での逮捕につながった有益情報の提供者に1万円の報奨金(年間20件程度を想定)を支払うとしています。

「不法就労」約7割が農業従事者

通報制度や条例制定の理由として、知事は「不法就労者数が4年連続(2022~25年)で全国最多となっている」ことをあげています。2025年の茨城県の不法就労摘発人数は3,518人で、約7割を農業従事者が占めています。

県は「農業は繁閑の差が激しく、植え付けや収穫など繁忙期だけ作業を依頼しやすい不法就労者に頼ってしまうケースが多い」「不法就労を斡旋するブローカーの存在や、事業者同士の不法就労者の紹介、SNSなどを通じた情報の流通など、不法就労を助長する一定の環境が整ってしまっている」としています。

県内に暮らす外国人は11万人を超えました。2025年国勢調査で、県人口は減少して280万人を下回った一方、そのうち外国人は11万人(人口比約3.9%)に増え、約7万人の外国人が就労し、製造業(約2万4000人)、農業(約1万2000人)、サービス業(約7,000人)などに従事しています。

県庁に懸念の声が殺到

新聞やテレビ、SNSなどで茨城県の通報報奨金制度が報じられると、県庁には1か月も経たないうちに400件超の問い合わせや意見が寄せられ、最も多かったのは「人権侵害や排外主義につながるのが心配」との声でした。

さらに、移住者と連帯する全国ネットワーク(移住連)など11団体やアムネスティ・インターナショナル日本などが反対声明を発表。移住連の声明は、第三者が外形的に「不法就労」を見分けることは不可能であり、「通報は推測、より端的に言えば、偏見に基づいて行われる」ことになり、通報報奨金の支払いは県が「密告」を奨励していることになると批判しています。そして、県民を疑うような業務に県職員を従事させることへの懸念も示しました。

3月には茨城県弁護士会の会長声明と関東弁護士会連合会の理事長声明が出されました。会長声明は「当該制度は不法就労問題の本質的解決にならないことはもちろん、外国ルーツ、外国籍者、無国籍者といった外国につながる人びとに対する差別と偏見を助長する」と批判。

不法就労の改善のためには、▽農業に従事できるより柔軟な在留資格の創設等▽転職や転籍がより円滑にできるための制度改正▽相談体制の一層の整備などをすすめる──ことを求め、「窮地に立たされる外国人を生みださないような制度確立にむけて県と協力体制を構築していきたい」としました。

県議会で明らかになった問題

私はこうした世論を受け、3月県議会で報奨金制度に反対する本会議質問を行いました。明らかになったのは、県がNPOや人権団体、弁護士会や農業団体等の関係者や、茨城で働く外国人当事者と何ら協議・調整を行っていないことです。事前に情報共有したのは入管庁や県警など取締機関だけだと県は認めました。

しかし、自民党から「不法就労は犯罪。制度立ち上げが遅かったぐらい。全国初で取り組めてよかった」など県を支持する意見があがり、予算は可決しました。

続く6月県議会には、「外国人の不法就労活動の防止に関する条例」が提案されました。知事は提案説明で、「更なる人口減少の加速化が明らかとなる中、深刻化する人手不足への対応として、優秀な外国人材の受入れは喫緊の課題」とし、「優秀な外国人材に選ばれるため、人材の確保・育成から生活・教育環境の整備に至るまで、あらゆる施策を推進してきた。秩序ある共生社会の実現が重要な課題である」としました。

そして、実現のために▽日本の生活習慣・ルールについて理解を深めるため、新たに巡回啓発員を2名配置し、外国人が利用する宗教施設や外国食材店などを訪問▽県国際交流協会に多文化共生に知見を有する地域共生推進員を配置し、市町村や関係団体への助言や伴走支援を行う▽生活上の困りごとなどに母語で対応するネイティブコミュニケーションサポーターを増員する──と述べました。

一方、不法就労者が全国最多であるとして、通報報奨金制度を5月11日から開始し、県警などへの情報提供を強化するとともに、不法就労の防止に関し、県、事業者及び県民の責務を明らかにして施策を推進する基本事項を定めた条例を提案しました。

条例は第一条(目的)、第二条(定義)、第三条(県の責務)、第四条(事業者の責務)、第五条(県民の責務)、第六条(事業者及び外国人の理解の増進)、第七条(不法就労防止推進月間)、第八条(調査の実施等)、第九条(連携協力体制の整備)からなり、今年7月1日施行です。

パブリックコメント617件

県は新たな条例をつくるにあたり、条例骨子案を示してパブリックコメントを行いました。通常、県の意見募集には多くて数十件の意見がありますが、今回は異例の474人、617件もの意見が寄せられました。結果の公表資料をみると、多かったのは「外国人差別や偏見、排外主義等を助長するおそれがある」「市民の相互監視や分断等を助長するおそれがある」「県民へ責務を課すことに懸念がある」と懸念や反対を示す意見でした。

これに対し、県は「県民の中に、感情面で外国人全体に対する偏見や不信感が生まれつつあり、このまま不法就労を放置していては、真面目に働いている外国人に対する不当な差別や排斥につながってしまう」「不法就労を厳正に是正することは、外国人の人権を損なうものではなく、むしろ人権侵害構造を固定化させないために必要なもの」とし、「理解と協力をお願いします」と県の考え方を一方的に示しただけです。

私は、「条例提案に至る過程において、民意の反映が不十分ではないか」と質問しましたが、答弁に立った産業戦略部長は「条例は県の姿勢を示すものであり、特定の当事者や関係者との調整や協議をする余地はない」と取り付く島もない姿勢です。

条例案は自民党、維新の会、公明党、国民民主党などの賛成多数で可決。反対したのは日本共産党(1人)、立憲民主党(1人)、つくば市民ネットワーク(1人)だけでした。

批判・反対を受け県の姿勢が変化

通報報奨金も条例も議会では通ってしまいましたが、一方で、厳しい批判や反対の世論を受け、県の姿勢に変化があったことは明らかです。まず、通報の対象について、外国人個人ではなく、不法に就労させている雇用主や事業者の情報に限定するとしました。そして「悪質な事業者情報に限る」「匿名情報は受け付けず、情報提供者の本人確認を行う」ことを強調するようになりました。

世論により一定の歯止めがかかりましたが、通報対象を事業者に限っても、働いている外国人が不法就労ではないかと意識させ、不当な偏見や差別、分断を生じさせることには変わりはありません。あわせて、どのような通報が何件寄せられたのか、報奨金が支給されたかについて、知事が「一切公表しない」としていることも問題です。

最大の理由は技能実習制度

まずは、不法就労を生じさせている原因を解決するための合理的な方策が取られるべきです。外国人が不法就労に陥る最大の理由は、現在の技能実習制度をはじめ、日本で働く外国人が労働者として日本国民と同様の保護を受けられる仕組みが整えられていないことがあげられます。

不法就労を生みだす原因となっている技能実習制度が、来年度から育成就労制度に改変される予定ですが、外国人の人権保障を確立することなしに不法就労の改善は見込めません。

県が通報制度や条例制定をすすめる背景には、国の▽「不法滞在者ゼロプラン」の推進▽在留資格審査や帰化の厳格化▽外国人犯罪対策──など、共生を掲げながら排除と管理を強化する施策があることは明らかです。

合わせて、昨年9月に行われた茨城県知事選挙で、外国人材の積極的な受け入れ姿勢をとる現職の大井川知事に対し、候補者の一人が「県職員国籍条項撤廃を元に戻す」「不法滞在、不法移民、不法就労を無くす」「土葬墓地の不許可」などの政策を掲げて大井川県政を批判し、予想以上に得票を伸ばしたことも影響していると考えます。

自民党の中にも「共生と言っても票にならない。違法行為を行う外国人に厳しく対処したほうが支持を得られる」といった考えが広がっているようです。

差別や偏見を広げないために

こうした風潮に対し、差別や偏見を広げてはならないとの問題意識から、民主団体などで構成する「いのち輝くいばらきの会」(茨城労連が事務局)が5月に、「外国人の就労と異文化共生社会の展望」をテーマに学習会を開きました。茨城県弁護士会の伊藤しのぶ弁護士(外国人の人権救済委員会)が講師をつとめ、アピールや県への要請行動に取り組んでいます。

また、先述の茨城NPOセンターコモンズが「外国ルーツの人の声を聞く会」を主催し、私も参加しました。当事者として話をした方に、赤旗記者が後日取材したときの声を最後に紹介します。

日本に来て38年、バングラディシュ人のエビエム・カムルズザーマンさん

外国人はお金を稼ぎたいと思って日本に来ることが多い中で、自国で契約した時の条件や労働時間、給料が実際には全く違っていることが多い。一部の人たちは、8時から17時の勤務で月約20万円の契約なのに、朝4時起きで畑に行き、月8万円しかもらえないこともあると聞いた。逃げ出せば難民申請もできない。農業の仕事は過酷で、大変な仕事は外国人が担っていることが多く、日本は外国人がいないと回らないのではないかと思う。通報報奨金は、全然役に立たないと思うし、県民の多くは人間性があるから通報しないと思う。

エビエムさんは二十代で来日して日本語を学び、長期ビザを使いながら生産管理の仕事に従事し、永住権を取得しました。多言語の通訳ができて面倒見も良いため、取材中も何件も相談の電話が入り、人助けに尽力している様子が伝わってきたそうです。互いを知ることから共生社会は始まります。

(えじり・かな)

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